DV加害者更生プログラムに52週参加されたSさんが、参加者の皆様の前で体験談を語りました。ご本人から同意を頂きましたので、長文ですが原文のまま紹介いたします。

●はじめに
私は妻や娘と一緒にいるのが大好きです。妻とは知り合ってから20年以上たちますが、それはずっと変わっていないつもりです。しかし自分の思いとは裏腹に妻や家族を傷つけ、ステップにお世話になることになりました。
2020年の5月30日に初めてオンラインでSTEPを訪れ、今年の5月29日に52回目のプログラム参加を終えました。私は 西日本に住んでおり、現在妻と娘と同居しております。そのためステップはすべてオンラインでの受講となりました。その期間、栗原理事長をはじめ、スタッフの皆様、一緒にプログラムに参加する皆さんに、たくさんの言葉や考えをいただきながら学びを続け、ほぼ毎週、土曜日、もしくは日曜日に参加してきました。ただ自分としてはこれで終わりと感じているわけではなく、その後も間隔を少し開けながら参加させていただいています。今日は自分の経験が少しでも皆さんの参考になればと思いながら、不安や怖い思いをさせてしまった妻に向けてこの発表をしたいと思います。

●発表の流れ
「参加のきっかけ」「STEPでの学び」「自分の問題として」「自分は変わったのか?」という流れでお話させていただきます。どうぞよろしくお願いします。

●参加のきっかけ
 2020年5月10日、自宅のリビングで娘、妻と過ごしていた時に、本当に些細なことで妻と口論となり、平手で妻の頬を叩きました。妻は起き上がってきたのでもう一度、同じように顔を叩きました。その際妻は柱に頭をぶつけケガをしました。妻は警察に通報し、その際私は子供を取り上げ、一緒に「この家から出て行け」と言わせました。その後4人の警察官と一緒に警察署に行き事情を聞かれました。そのとき4歳だった娘はその一部始終を見て、妻と一緒に警察へも行きました。その時の彼女のこわばった表情を思い出すと、本当に大変な思いをさせてしまったと心苦しい思いです。次の日には妻と一緒に病院へ行き、妻がCT検査を受けるのも見ていました。幼い娘にとってどれだけ辛かっただろうかと思います。

それまでも私と妻は、しばしば口論になり、掴み合うような激しいケンカに発展することもありました。私自身も、そして妻もそのような状態を望まなかったので、ステップに通う前から、どうやったら自分の怒りの感情を抑えられるのか、何とかできないものかと考え、怒りやアンガーマネジメントについての本や記事を意識的に読んでいました。それにもかかわらず、自分でも努力していたつもりでしたが、妻との関係は変わらないままでした。その根本に、変わるべきは自分ではなく、相手であるという気持ちがずっとあったからだと思います。気を付けていたつもりでもこのような最悪の事態を招いてしまい、大事なものを失ってしまう。そういう状況になってやっと「自分も変わる必要があるのではないか」と考え始めました。そして妻からこのステップのことを聞き、更生プログラムに1年通い、その結果でその後の方向性を決める、つまり家族として続けていくか、離婚するかの判断をするという提案を受け、とりあえずステップに電話してみることにしました。

栗原先生と電話で面談した時、自分が加害者であることはもちろん認識しているのですが、同時に被害者でもあるという意識が非常に強く、妻の怒りに対してどう対処していけばいいかわからない。自分は妻に追い詰められて、暴力に至ってしまった。というようなことを栗原先生に伝えたと思います。話している間ずっと、先生は私の話を遮ることも、自分の考えを押し付けることもせず、私の話をしっかり聞いてくださいました。そして、「奥様の怒りを『妻は苦しみを訴えているんだ』と、とらえたらどうでしょう。それでも怒りは沸きますか?」と言われました。私はハッとしました。それまで妻の怒りは病的で異常と考えて、そんなふうに捉えたことがなかったからです。また「相手と過去は変えられない、変えられるのは自分と未来」「自分を変えていきましょう」という言葉もいただきました。

そしてステップがウィリアム・グラッサー博士の「選択理論」に基づいたプログラムであることや、怒りをなくして「7つのよい習慣」を身につけていこうとするステップの方向性について話を聞きました。話をしていて自分の目指す方向性とステップの方法論とがぴったり重なるような感じがありました。こうして私はステップでやっていこうと決心しました。

●STEPでの学び
次に「STEPでの学び」について、「ゴールを知る」→「理屈を知る」→「自分を知る」という流れで、どういったことを実践していたか、どのように段階を経てきたか、具体的な例を交えながら話していきたいと思います。

●ゴールを知る
ステップでの最初の時間の学びは7つの習慣のひとつである「尊敬する」を深堀りするものでした。その中で、「妻を尊敬していこうと決める」ということと、妻の「よい点」を30個見つけて、それを口に出して言ってみるという課題が出されました。最初の10個ぐらいは割とすぐに出てきました。その後は「今自分が妻に対して嫌に感じていることが、見方によっては妻のいいところになるかもしれないと考え方を変えてみました。例えば「しつこく追及してくる」と感じていた面は「粘り強く、妥協しない」とも取れますし、「細かい」と感じていたことは「用心深い」と考えることもできます。そうこうしていくと30個よい点を見つけることができ、それらを口に出して言ってみることで、穏やかな気持ちになったと同時に、「何でこんな風になってしまったのだろう、いつから相手の悪いところばかりに目をやって、敵同士のように対立するようになってしまったんだろう」と感じました。その時の経験は、その後の自分のリフレーミングのヒントにもなっています。

●7つの習慣の学びと自分の目標
その後、「傾聴する」「信頼する」「意見の違いを交渉する」「励ます」など「7つの習慣」に関する学びが続き、「怒りの感情を持たない、7つの習慣が身についている人になる」というのが自分の目標となりました。そして日頃から特に意識して実践していくこととして、「相手の欲求を満たす」ということと、「批判をゼロにする」という2つのことに取り組み始めました。この2つのことはこれまでの自分に欠けていた部分でした。それまでの自分は自分のことばかり考え、相手のことをあまり考えていなかったように思います。「相手の欲求を満たす」には、相手に関心を持ち、相手の思いを尊重する姿勢が欠かせません。会話の目的も「自分の意見を言うこと」ではなく「相手の願望を知ること」に変えていく必要がありました。また「批判をゼロにする」ということを目標にしたのには、あらゆることに対して批判的で、何でも批判的に捉えることが、自分らしさであり、そのことで相手との関係性を有利に進めていこうとしていたところが自分にはあると気づいたからです。批判をゼロにするには、相手の言葉に耳を傾け、それを受け入れる必要があります。そして相手の立場になって考えたり、相手を尊重する気持ちがなければ、どうしても批判的になってしまいます。「~はだめだ」「~は間違っている」という否定や「あの人は~だ」という決めつけだけが批判ではありません。相手の行動に対して「なんで~なの?」と思ってしまうのも批判です。いまでも思わず「何で…」と口に出てしまうことがあり、まだまだだと感じることが多いです。 私は自分の欠点であるこの2つのことを身近な目標として取り組んでいくことを決めました。

●理屈を知る
「自分がこうありたい」という目標は見えてきても、実際の自分はそれにほど遠い状態でした。私は幸いにも家族と同居した状態でステップに通うことができていたので、学んだことを家族に向けて実践してみることができていましたし、娘がまだ眠っている早朝に、妻と話をすることができていました。辛い感情がまだ癒えていない妻と話をすると、責められることも多かったし、受け入れ難い意見を聞くことも多くありました。そのたびリフレーミングして乗り越えようとするのですが、すぐにはできず、それどころか、結局、黙ってしまって、妻に対する「何で?」が心の中に渦巻いている状態でした。「どうせ自分が我慢してやり過ごすしかないんだ」と考えていました。
そしてその態度がさらに妻の怒りを増幅してしまうことがよくありました。口に出して直接相手の批判をすることはなかったと思いますが、心の中では相手に対する不満や批判でいっぱいで、それに我慢という形で蓋をしている状態でした。ステップの学びの中で、このように我慢することは何の解決策にもならず、コップの水に少しずつ水が溜まっていくように怒りが蓄積していき、やがてちょっとしたきっかけで怒りとなって爆発すると知りました。

そんな時に、私の根本的な考え方に大きな影響を与えた3つの学びがありました。「全行動」と「上質世界」、「外的コントロール/内的コントロール」についての学びです。

●全行動
「全行動」を学んだ時には、グラッサー博士の車のモデルを通して、「思考」と「行動」は車の前輪のようなもので直接コントロールしやすく、一方で「感情」と「生理反応」は車の後輪のようで直接コントロールしづらいということ、また前輪である「思考」と「行動」を行きたい方向に向けることで、後輪の「感情」と「生理反応」はあとからついてくるということを学びました。
このことを知ったことで、まずは、自分の思考と行動は変えることが可能であるので、その思考を望ましい方向に変えていけば、自分を変えることが出来るとはっきりイメージできるようになりました。また自分がやるべきことに焦点が絞れ、そうしていくことで自分がよい方向へ向かっていけるという希望が増しました。また同時に「上質世界」(願望)という言葉も知り、上質世界と現実世界に差があることがイラっとする感情を生むことを知りました。このことを知ることで自分のイラっとした感情が何に起因しているものか、観察しようとする姿勢が生まれました。

●外的コントロール/内的コントロール
また「外的コントロール/内的コントロール」という考えを学んだときには、「相手が自分を怒らせているのではなく、自分が怒りを選んでいるんだ」ということ、また「相手が何をしようと、怒りではない対応の選択を自分はできるんだ」ということを知りました。これらの気づきは私にとって非常に大きなものでした。そしてそれまでの自分は結局、外的コントロールの考え方を持っていて、相手の言動が自分の思うようなものではなかったときには、不快感を表情に出したり、大きな声をあげたり、拗ねたりといった反応しかできなかったことを非常に恥ずかしく感じ、もうそういう反応はしたくないと強く思いました。

「全行動」と「外的コントロール/内的コントロール」の学びは、自分の思考が「怒り」にどのようにつながっているかという関係性を明確にし、「思考」を変えることによって自分を変えることが出来る、ひいては「怒り」の感情を遠ざけることが可能であるという希望を与えてくれました。
ステップでは私と同じように、「怒り」の感情を手放したい、自分を変えたいと考えている参加者の皆さんの振り返りを聞いたり、時にはロールプレイをしたりという機会をたくさん持つことが出来ました。皆さんの話を聞いているときに、「自分はどうだろう」、「自分ならどうしただろう」と考えることが非常に多く、そのことが自分について考えるきっかけをあたえてくれていました。そうすることで、それまでは意識していなかった、自分自身について改めて気づかされることが多くありました。
またステップではたくさんの言葉を学びました。「相手は最善を尽くしている」というのもその一つです。相手がとった言動に対して、自分が望ましくない反応をしないようリフレーミングするのによく使われる「魔法の言葉」のひとつですが、この言葉は自分に置き換えてみてもとても納得する言葉でした。私も自分なりにつねに最善を尽くしているつもりでいたからです。しかし最善を尽くしているつもりでも状況はよくならない。理解するべきことをしっかり理解しないと状況は改善しないということも知りました。私には自分のことを客観的に知るということが必要でした。

●自分や相手の5つの欲求を知る
人間には「愛・所属の欲求」「力の欲求」「自由の欲求」「楽しみの欲求」「生存の欲求」の5つがあるということ。自分でその欲求を満たすことによって、相手に依存しないでいられるということを知りました。
そしてプログラムの中で、自分の欲求を知るプロフィールアンケートをしてみて、私は「愛・所属の欲求」が最も強いということが分かりました。自分ではじめて気づくことでした。妻の欲求の強い部分がどこにあるのか知ることが大事だと感じ、家で妻にも同じアンケートをやってもらったところ、妻は「楽しみ」「自由」の欲求が強いと知りました。当然のことながら、私の欲求と妻の欲求は異なり、お互いの違いを改めて理解することが出来ました。

●自分は何に傷ついているのかを知る
「怒り」は傷つき現象であるというのもステップで学んだことです。自分の怒りのバロメーターが上がるのはどういうときか、自分はいったい何に傷ついて怒りを生じているのかを考えました。私は妻と朝、話す時間を持っていたんですが、「妻は/自分は何に対して傷ついているのか」という視点で自分と妻を冷静に見て、気づいたことがありました。話の最中は、なるべく「怒り」の感情が出ないように努めようとするのですが、自分の両親に話が及び、自分の思いとは違うことを言われたとき、怒りレベルが5(腹が立つ)ぐらいになり、同時に非常に悲しい気持ちになると気づきました。それまでを振り返ってみても両親のことに話が及ぶと同じように反応していました。これは自分の上質世界にある自分の両親と妻が思う自分の両親とのギャップが自分が傷つくポイントで、それが怒りに繋がっていたと理解しました。それを乗り越えるために妻の話をしっかり聞くようにしました。そして妻は妻で私の両親の言動にひどく傷つけられたということを知りました。そのことを受け入れて自分の両親の捉え方を変えました。つまり上質世界の貼り換えのような作業を行ったのだとおもいます。そうすることで少々両親のことに話が及んでも割と平気になりました。

●学びを通じて知った自分
皆さんもそうだと思いますが、ステップの学びの中で、自分のことを言われているような気がしたり、自分もこうだったなぁと思うことが私にもよくありました。そして相手にしてみれば気分を悪くするのも当然である言動をしていたと気づき、自分で自分が嫌になりました。例えば、
・喧嘩をした際に、部屋を出るときに相手に聞こえるか聞こえないぐらいの声で捨て台詞を吐いていた。
・相手の話を聞いているときも、自分の言うことを考えていて、相手の話を心から聞いていなかった。
・あとで考えれば、その時にわざわざ言うべきことだったかと思うようなことを後先考えずに言っていた
・自分も傷つけられたのだから、これぐらいのことは言ってもいい、と相手に大きなダメージを与えることだけが目的である言葉を吐いていた
・相手の気持ちを考えずに自分本位で余計な事を言いすぎていた。

といったものです。いま考えれば、このような言動では相手といい関係を築けるはずもないのは当たり前なのですが、あまりにも無自覚だったと思います。
また自分が卑屈なものの捉え方や決めつけた思い込みをしていることにも気づかされました。

具体的な例を挙げると、コロナが流行りだしたころ、私の妻はそれまでは同じ歯磨き粉を使っていたのに別々の歯磨き粉を使うようになりました。私は「そんなに自分のことが嫌なんだ」「避けられている」と感じあまりいい気はしなかったのですが、ずいぶん後に、テレビである大学の教授が「私が家庭内の感染防止でまずやったことは歯磨き粉を別々にすることです。」と言われているのを聞いて、非常に適切でかつ専門的な対処法であったと知りました。
また妻に「花に水やってる?」「手洗った?」などと言われると、私は「自分は信用されていない」「そんなこともできないと馬鹿にされている」「嫌みとして言っている」などと捉えて、言われるだけで嫌な気分になっていました。でもある日それらが、「単なる事実の確認である」と知り、自分がちゃんとやっていれば、なにも問題なく「やってるよ」と言えばいいわけだし、やっていないときはやっていない自分が悪いわけで、やはり妻としてはそうやって確認する必要があるわけだし、いちいち卑屈に捉えてネガティブな気持ちにならなくてもいいんじゃないかと考えを改めました。
事実や言葉をありのままに捉えて、必要な場合以外は変にあれこれ余計な解釈を加えない。ネガティブに考えてしまいそうなときは、「自分が卑屈になっていないか?」、「そんな卑屈な自分は嫌だ」と考えるようにしました。

●上質世界の自分を貼り替えていく
STEPで学んだ「上質世界」という概念は、自分がそうしたい、そうでありたいという願望、自分にとって望ましい価値観と私は捉えていますが、「人は上質世界を手に入れようと行動する」、「出し入れが可能」で、「貼り替えることができる」こと、また一方で、「現実が上質世界と異なることで傷つき、怒りの感情を生み出す」ということも学びました。
この上質世界という概念を学んだときに「自分の上質世界の中の自分像」があるのではないかと思いました。つまり自分の理想とする自分です。また「自分の上質世界の貼り換えを適切に行うことで、怒りが生まれる要素をなくしていき、習慣化していけるのではないか」と考えました。

それまで、私の上質世界のこうありたい自分像は、「怒らない、人間の器が大きい、人に頼られる、人に弱みを見せない、頭がよく見られたい。」といった自分の理想で埋められていました。それは自分に向けられた「~べき論」ともとることができると思います。そうあろうと思い思考し行動するので、それが叶わなかったときに怒りの感情が湧いていました。つまり自分の上質世界の中には「怒らない」理想の自分がいるにもかかわらず、バカにされた、蔑ろにされたというように、その他の要素が傷つけられることで傷つき、怒りを生んでしまい、「怒らない」という理想の自分がさらに遠くなるという状態でした。

ステップに通い、毎回多くの方々からいろんな言葉をいただき、気づきがありその上質世界の自分に変化がありました。例えば、あるとき栗原理事長が言った「実は人に弱みを見せれる人って強いんですよ」という言葉は、それまで「人に弱みを見せたくない」と思いながら生きてきた自分にとって、非常に大きな気づきであり、同時に納得のいく言葉でした。

このようにステップに通いながら、上質世界の自分を、怒らない、というものはそのままに、人を批判しない、相手の欲求を満たす、人に弱みを見せれる、7つの習慣が身についているといったように、貼り替えていきました。

●自分の問題として
ステップでの学びが進むと、自分の中でよくないことが起こり始めました。それは学んだことを相手に当てはめて、相手のあら探しのようなことをして、自分を正当化してしまうというものです。「なんて『外的コントロール』な人なんだろう。」、「また望ましくない7つの習慣が出ている」これは主に妻に対してそうでした。そもそも私はどこか、このような状況になった原因は妻にあると思っているところがまだ少しあったのだと思います。自分が何も反応しなければ平和だ。腹を立て、何もないところに波風を立てる、相手がおかしいと思っていました。そして次第に「自分はステップで自分を変えようと頑張っているのに…」という気持ちが心の中を占めるようになっていました。「相手と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来」と学んできたにもかかわらず、相手が変わることをどこかで求めていました。

そして今年の2月11日ステップに通い始めて9カ月も経っているのにもかかわらず、些細なことで口論になり、娘の前で妻に対して、「娘とはいたいけど、あなたとはいたくない」と暴言を吐いてしまいました。いままでやってきたことが台無しになってしまったと感じ、ステップで学んだ「怒りですべてを失う」という言葉が浮かんできました。しかし、このことはその日にあった些細なことが原因ではなく、その前から自分の中で積み重なっていたものがちょっとしたきっかけで出てきたものでした。わたしはその前から、自分が蔑ろにされているという歪んだ思考を持っていました。妻の言動こそがDVだと考えていました。そういう強い言葉を吐くことで自分にとって望ましくない相手の考えが変わることを期待していました。自分は努力しているのに目に見えて状況が変わっていかないことに対しての焦りもあったと思います。結局、私は問題を自分のこととして捉えていたわけではなく、相手に変わってもらうことを目的にしていたのです。ステップにはそれまでに37回も通っていたのにそのような状態でした。

また一から考え直す必要がありました。自分は変わろうとしているのだから、相手にもそうあってほしいという気持ちは捨て、「相手の気持ちと自分の行動に焦点を当てる」ということを徹底していこうと決めました。

妻はそれまで、家のことと育児とに全力で取り組んでいました。私自身もできることはやっているつもりでしたが、妻の欲求は満たされず、不満や怒りが募っていたんだと思います。妻はずっと傷ついてきたのだと思います。それで本来ならば協力して助け合っていくべき関係が、いつの間にか敵同士のようになっていってしまったんだと思います。妻といると自分の嫌な部分が見えてしんどくなる時があります。でも以前ステップ事務局の中川さんに言われた言葉があります。「強敵は自分を成長させてくれるものと捉える」。私にとって妻はそういう存在です。
その妻の傷つきの原因を知り、自分の問題として捉えようと決めました。また朝、出勤前に逃げずに妻とちゃんと話をすることを習慣にすると決めました。こんな状態でも妻はそのような形で自分と話をする機会を持ってくれていました。これは自分にとっても妻の欲求や考えを知ることのできる大事な習慣です。

とにかく、これから、ステップで学んだことをこの家族が幸せに生きていくために活かしていく、それが自分の使命です。

●自分は変わったのか?
1年間のプログラムを終え、私は変わったのでしょうか。妻からは「何も変わっていない」と言われています。妻が言うからきっとそうなのでしょう。たった1年で変わったと言えるはずもありません。ただ、自分は今後、何か怒りがふと沸いたとき、暴力に訴えるようなことはもう絶対にありません。いまはそれに対して怒りとは異なる反応で処理することができるし、怒りで反応するのは上質世界の中の私にはそぐわない行動だからです。指摘や批判も我慢してやり過ごすのではなく、素直に受け入れるようになってきています。妻とも笑顔で会話をすることも少しずつ増えてきています。ステップに通いだしてから変化したことは、自分の中でたくさんありますし、もう大丈夫だと思えることもたくさんあります。でもやはり時間がいると思います。5年、10年とそういう自分でいられても、妻や娘に与えた恐怖心はぬぐえないかもしれません。それまでは「何も変わってない」と思われるかもしれませんが、家族みんなが心からの安心感を得られるまで、まだまだ時間がたっていないわけですから当然です。STEPで学んだ思考で行動を変え、それが習慣となって当たり前になっていくまで、私は家族の幸せを第一に考え、STEPで学んだことを実践していくのみです。

●最後に
栗原先生をはじめ、STEPの事務局の方々、一緒に学んだ、参加者の皆様そして見放さずに向き合ってくれた妻、たくさんの学びやお言葉ありがとうございます。心から感謝しています。ご清聴ありがとうございました。
これで私の発表を終わります。